西金砂神社小祭礼⑪
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3月22日(日)
3月19日から始まった小祭礼ですが、本日4日目で最終日となります。西金砂神社行列一向は、朝8時に中染 のお仮殿を出発します。再び永久橋で天下野地区に引渡しを行います。その後西金砂神社に向かい、境内にて御神馬神事(御神馬が拝殿まで駆け上がるもの)や花纏の繰り込み、町田の火消行列の繰り込み、祭典、田楽舞、潮水行事を行って御入社、お神輿の格納で終了となります。
最後に西金砂神社行列を見送り、中染地区の役割が完全に終了しました。雨が少し降ってきました。中染 地区での祭典は天気に恵まれましたが、最後の西金砂神社での祭典が心配です(西金砂神社では残念なことに雨の中の祭典となってしまいました)。
中染地区を中心とした小祭礼の様子はこれで終了します。尚、まだ祭場の片づけがあります。
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3月21日(土)② 和田祭場
中染 における役割は一旦終了しました。そこでまだ見たことのない和田祭場へ行ってみることにしました。ここでは、町田火消行列、西金砂神社行列のほかに、和田祭場を中心とした周囲の7町(和久・国安・棚谷・松平・和田・東連地・芦間)の屋台が繰り込みます。これら屋台では、それぞれ趣向を凝らした手踊りが披露されます。
和田祭場での祭典、田楽舞が終了すると、西金砂神社の行列は馬場町へ向かいます。途中2か所で簡便な祭事を行い、馬場町の八幡宮で最後の祭典、田楽舞を披露して再び、中染 の祭場に帰ります。夜遅くなりますので、帰りは車両を使います。
写真では3台の屋台が見えます。この祭場は華やかさがあります。
全部の屋台が揃ったところで町田火消行列が繰り込み、最後に西金砂神社行列が繰り込みます。祭典、田楽舞が終了して7台の屋台が手踊りを競演します。
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3月20日(金) 田楽舞
12時半より始まった町田火消行列に続いて、午後2時からは小祭礼で最初の田楽舞が始まりました。田楽舞は、四方固め、獅子舞、種まき、1本高足の4段からなります。
田楽祭場(舞台)には使用する面などの道具が三方にのせてあります。
第一段、四方固め。猿田彦命の天狗の面をつけて、固めます。猿田彦命が降臨の際、出迎えて天下を鎮圧する様子を表したものだそうです。
第二段、獅子舞。獅子は鈴の下にいますが、写真には写っていません。この獅子舞は、大国主命が荒ぶる者(獅子)どもを、徳をもって心服させるのだそうです。
第四段、一本高足。武甕槌神が健御名方神を降伏させて、威武を示すところだそうです。
以上で田楽舞が終了しました。小祭礼2日目も無事終了です。
尚、西金砂神社の神職の方々などは、お神輿とともにここ中染に3泊します。
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このブログタイトルとは全く合わないのですが、かなり珍しいお祭りについて書いてみます。そのお祭りは、茨城県の常陸太田市にある西金砂神社のお祭りです。珍しいのはその歴史です。3月19日から22日まで執り行われましたが、6年毎(7年目)に行われ、今回で198回目になりました。連綿と続く歴史の長さがわかります。常陸太田市といっても、平成16年に合併しましたので、市になりましたが、それまでは西金砂神社は旧金砂郷町にあり、祭りの行われる所は旧金砂郷町と隣の旧水府村、それに合併前の常陸太田市の3カ所です。西金砂神社を出社した行列約135人は常陸太田市馬場町まで3泊4日で往復します。
小祭礼という名前からわかるように、大祭礼という祭りもあります。この祭りはさらに祭りの間隔が長く72年に1度行われます。前回は平成15年(2003年)に行われました。このときで第17回です。その前は昭和6年(1931年)でした。第1回は851年です。後でそのときの模様もすこし書いてみます。
3カ所の小祭礼の祭場で田楽舞などの祭典が行われました。その中のひとつ、私が手伝いをした、中染の祭場の様子を中心に書いてみます(続く)。
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